桜の開花を見ると、つくづく日本は不思議な国だと感じませんか?ついこの間まで枯れ木の山のように見えていたところが、春の気配とともに突然1面さくら色に染まります。あるいは、この光景が春の訪れを知らせてくれるきっかけになることも少なくないでしょう。これを読まれるときは、もう既に桜が散ってしまった地方の方もいれば、開花を心待ちにしている北の方たちもいることでしょう。南北に広がる日本に住んでいるからこそ、桜前線が北上し、どこに住んでいてもこの春の恵みを体感できる幸せを享受できるのですね。これから1年は、毎月その季節の花とともに暮らすヒントをお送りします。四季それぞれに咲く花のエネルギーは、生活に彩りと香りを与えてくれることでしょう。
◆ 桜餅と春の香り
桜の香り、というと、皆さん思い浮かべるのは、きっと「桜餅」の匂いではないでしょうか?甘酸っぱいような、少しヴァニラにも似た香りは、よく知られたものです。でもそれは桜の「花」の香りではありませんよね。桜の花に鼻を近づけたことがある方もいらっしゃるでしょうが、特に感じないのが普通で、人間の鼻でその香りを感じることは難しいでしょう。つまり、桜の花に匂いはほとんどないのです。植物の香りは、その香りの元となる芳香成分が集まる部位が、その植物によって違います。花にあるもの、葉にあるもの、実にあるもの、あるいは根茎や木の心部、樹脂など、さまざまです。
さて、あの桜餅の香りは、餅の周りに巻かれた塩漬けの桜の葉によるものですよね。では、桜の葉にあの香りが?でも枝についた葉も、いくら嗅いでもやはり香りは感じなかったのではありませんか?植物の香りは、香りを発する部位が異なるのもさることながら、何か化学的なプロセスを経て作り出されるものもあるからなのです。
◆ 香りのもとはどこに?
桜餅の葉の香りの成分は「クマリン」と呼ばれ、桜の花や葉を半乾燥してちぎったり、塩蔵することによって発せられるものです。この芳香成分は、生きて枝についているときは、細胞の中で守られていますが、化学変化とともに香りが引き出されるのです。ちなみにこの「クマリン」は桜に含まれる自然のものだけでなく、1866年に作られた世界初の合成香料もあり、近代以降の香料の大量生産に不可欠な役割を果たしました。フゼア系という男性用香水の系統の香りは、この合成クマリンを使って作られ、爆発的に売れた「フゼア・ロワイヤル」(当時は女性用)の流れをくんでいることは、香水ファンの中では有名なお話ですね。自然のものから、合成まで、様々に楽しませてくれる「桜の香り=クマリン」は、桜の国の日本だけではなく、世界中で好まれている証でもあります。
このように、桜の香りは、春の空気の中では感じられないのに、生活の中ではいたるところで嗅ぐことができ、自然の力でも、人の力によっても作られる、ある意味神秘的なものとも言えるでしょう。このように、桜の花の色に春を知り、肌に温かな日差しを感じ、そして桜餅を口に入れて味覚を刺激して、香りを感じる。五感はそれぞれ独立して存在している感覚ですが、人はそれら全てを統合して、さらに大きな幸福感を得ているものなのですね。春は桜に限らず、色も香りも鮮やかで、気持ちを高揚させてくれるものや、ほっとさせてくれるものなど、様々な花が現れてくる季節です。道端で出会った花や木々の香りを嗅いでみませんか?香るもの、香らないもの、意外な発見がたくさんあると思いますよ。
◆ 桜の香りを住まいに
さて、日差しも明るく差し込むようになったリビングに、桜の香りを足してみませんか?桜餅を食べる、桜の香りの香水をスプレーする、でもよいでしょうが、せっかくなら自然の香りを焚いてみるのが、からだにも、心にもよいでしょう。
マメ科の植物の実の「トンカビーンズ」の精油には、芳香成分中にクマリンが90%以上含まれています。トンカビーンズの香りの表現は、「桜のような」「ヴァニラのような」とされていますので、これをラベンダーやゼラニウムとブレンドしてアロマポットで焚くと、春の花の香りに満たされた空間を作ることができるでしょう。アロマポットは、1回にブレンドするときも単独で使うときも、合計で5-6滴までで十分です。トンカビーンズ3滴に、ラベンダーやゼラニウムを1-2滴、どちらかだけでも、両方でも、お好みに合わせて垂らしてみてください。桜の春に限らず、気持ちを暖かくし、幸福感で満たしたいときにおすすめのブレンドです。
さあ、春は窓の明るいリビングで、外に桜を眺め、中で香りを感じ、春の日差しをいっぱい取り込める、穏やかな春の訪れを演出してみませんか?